私は天使なんかじゃない







蜂起






  蜂起。
  決起。
  反乱。
  反逆。

  彼ら彼女らは立ち上がる。
  自身の自由を求めて。
  それは正当であれ正義であり選択の1つとしてあながち過ちではないのかもしれない。

  だがその蜂起は野心家が画策されたものだったとしたら?
  自由が目的ではないとしたら?

  その場合は正当なのだろうか?






  作戦立案から2日後。早朝未明。
  街は喚声に包まれた。
  ダウンタウンから奴隷達が大挙してアップタウンに突入して来たのだ。手にはオート・アックス。車の廃材解体用の道具だ。武器ではない。
  もちろん人間も解体出来る。
  だけどそれには近距離まで接近する必要がある。
  アッシャーの軍は私の指示でヘブンの直通の通りを挟む形にあるビルの屋上に部隊を配置してある。奴隷側の攻撃は届かない。
  それに対してレイダー側の攻撃は無条件で入る。
  反撃のリスクなしでだ。
  当然ながら私は奴隷達を殺すつもりはない。皆殺しも容易ではあるものの……それはしたくなかった。
  だからこそ指示した。
  実弾の使用を許可しなかった。
  今の私はアッシャー代行。実弾の代わりにゴム弾の使用を指示してある。命令権は得ているので全員それに従った。
  ……。
  ……まあ、ビルの屋上から下に向けて撃つわけだから落下速度も相乗され殺傷能力はゼロではないだろうけどさ。
  それは致し方ないだろう。
  ついでに補足しておくと実弾を撃ってるレイダーもいる。ただし虚空に向けてね。奴隷に当たる事はない。
  要は銃声を響かせる事で奴隷達の士気を落とすのが目的だ。

  ヘブンに向かう通りでの挟撃戦。
  そしてそれは功を喫した。
  見事にね。
  銃声が響いたわずか数分後には奴隷達の反乱軍の士気は極端に低下、そして統率は瓦解、統率は崩壊、奴隷達は逃げ惑う。
  必死になって建て直そうと叫んでいるのはミディアではあったけど一度崩壊した組織は容易には纏まらない。
  反乱軍はここに壊滅した。

  私は直接指示ではなくヘブンにいた。
  インターコムで現場指揮を任せているデュークから報告を受けていた。
  デュークは追撃を提案したけど私は却下した。
  意味がないからだ。
  ダウンタウンの彼ら彼女らはのアッシャーに対する反感は正当なものだし反逆もまた正論だろう。もちろん統治側としてはそれを見過ごすわけに
  はいかないのも確かだろうけど虐殺はするべきではない。そして弾圧もやめるべきだと思う。
  私は異邦人。
  だからこそこの街の状況を客観的に見る事が出来る。
  統治側の改善でこの街は簡単に生まれ変わる。
  本当の意味で市民としてみれば問題はないのだ。そしてその為の改善をすれば生まれ変わる。例えアッシャー政権がなくなっても労働力は必要。
  街の発展にも必要だし生きる為に働く事も必要。労働は生きる為の要。
  アッシャーがその様に振舞えば簡単に街の再生は出来る。
  そしてダウンタウンの不満も解消される。
  故に私は追撃を命令しなった。

  そして展開は、本題に入る。



  ヘブン。
  奴隷王アッシャーの屋敷。
  「屋敷の状態に何か問題はある?」
  「いえ」
  私は副官のアカハナに問うと彼は首を横に振った。
  現在指揮権があるのは私。
  奴隷王は妻と娘と共に研究室に籠もっている。正確に言うと隔離してる。
  何故?
  簡単よ。
  結局のところワーナーの狙いは奴隷王の家族であり、治療方法であり、この屋敷なのだ。奴隷達の進撃はただのパフォーマンスでありこちら側の
  注意を引く為だけの存在でしかない。だからこそ私は追撃は命じなかった。研究室が一番堅牢。王様には安全な場所にいてもらわないと。
  「ボス」
  「何?」
  「デュークさんに預けた部隊は固定化したままでよろしいのですか?」
  「構わないわ」
  現在、デューク率いる戦力は配置位置で待機したまま。
  つまり?
  つまりへブンの戦力は手薄。
  何しろ奴隷進撃阻止の名目で屋敷の戦力をほぼ丸裸にしたからね。
  屋敷には二個小隊がいるだけだ。
  数にして20名。
  数にしても多くはない。しかしワーナー側の数も推定30程度だ。一応ワーナー側に寝返ったアッシャーの軍の人数が30。あくまで推定だからもっと
  いるかもしれないけど攻撃と防御では必要な数は異なる。20人もいれば防衛には事足りるだろう。
  ……。
  ……ま、まあ、100も200も攻めて来たら足りないけどさ。
  いずれにしても少ない数なら向うも攻撃を躊躇う事はないだろう。デュークに預けた大部隊をそのまま動かしていない。
  ワーナーが仕掛けてくるならこのタイミングだろう。
  準備は出来てる。
  罠に飛び込んでくるかな、ワーナーは?
  奴隷達の進撃は失敗したものの既に敢行された。このままワーナーは当初の流れに乗るのか、それとも別の手を考えたのか。
  お手並み拝見だ。
  「アカハナ、警戒態勢維持」
  「了解です」
  さてさて。
  ワーナーの頭脳は私を越えるのかな?
  お手並み拝見。

  カタ。

  「ん?」
  何か音がした。
  私は周囲を見る。命令を二個小隊に伝えようと退出しようとしていたアカハナも立ち止まり音の出所を探す。
  気のせいだろうか?

  カタ。

  気のせいではない。
  音がする。
  それもすぐ近くから。
  既に屋敷への襲撃を前提に考えているので私もアカハナも完全装備している。迎え撃つ容易は出来ている。
  音はどこからだ?
  音は……。

  ガタっ!

  突然、天井の一部が崩れた。
  瓦礫と埃が落ちてくる。
  「何?」
  私は瞬時に反応出来なかった。
  そして降って来る。
  天井に潜んでいた金髪の殺し屋デリンジャーのジョンが私のすぐ目の前に上から降って来る。
  彼は微笑んだ。
  私は呆気に取られた。
  その差は大きい。
  ちくしょうっ!
  この忙しい時に妙な奴が出て来たっ!
  こいつの性格上、ワーナーと連携しているわけではあるまい。ただアッシャーとワーナーのゴタゴタを利用して仕掛けて来たのだ。厄介この上ないっ!
  奴はデリンジャーを二丁構えている。
  私は無防備。
  その差もまた、大きい。
  そして容赦なく無情に引き金が引かれる。

  「……っ!」
  私は思わず声もなく仰け反った。
  殺し屋の持つ二丁のデリンジャーの四連発がまともに私の腹部に決まったからだ。いくら私でも近距離過ぎると回避の仕様がない。
  銃弾がスローに見える能力は、あくまで銃弾が視認出来なければ意味がない。
  近過ぎればこの能力は封じられたと同義。
  全て綺麗に腹部に決まる。
  ……。
  ……うー、危ない危ない。
  ライリー・レンジャーの特製コンバットアーマーがなければ私はおそらく死んでただろう。
  このアーマーは防御力は普通のものよりも高い。
  ヒビが入ったものの貫通はしていない。ただし衝撃は抑えられない。
  私はそのまま倒れる。
  衝撃で肋骨は折れたかもしれない。息が出来ない。
  「なかなか頑丈なアーマーですね」
  「デリンジャー。あんたの性格上ありえない感じはするけど、まさかマリーが目的? ワーナーと組んでんじゃないでしょうね?」
  「マリーとは誰です?」
  「赤ん坊。治療薬でもある」
  「……ほう?」
  「……」
  知らないらしい。
  少なくともワーナーとつるんでいる訳ではなさそうだ。まあ、そういうタイプには見えないしね。
  だけど敵には変わりがない。
  「死んでもらいます」
  デリンジャーのジョンは懐からナイフを取り出す。
  待て待て待てっ!
  倒れて無抵抗の私の喉を切り裂くつもりかっ!
  異名が『デリンジャーのジョン』ならデリンジャーの拘れよーっ!
  まずい。
  今の私は反撃出来ない。

  「ボスっ!」

  その時、アカハナの声が響いた。
  そしてそれと同時に赤い火線が伸びる。デリンジャーのジョンに向って。
  レーザーピストルだ。
  アカハナの武器は実弾系ではなく光撃系だったわね、そういえば。
  その一撃、ジョンの右肩を貫く。
  カラン。
  ナイフが床に落ちた。
  「ちっ!」
  舌打ちしてそのまま身を翻すジョン。
  逃げる?
  逃げるっ!
  相変わらず身のこなしの早い奴だ。不利になったら逃げる。戦略的撤退ってやつかしら?
  逃がすかっ!
  私は体を起こして落ちたナイフを掴む、そしてそれをそのままジョンの背中に向って投げた。
  空気を裂いて進むナイフ。
  咄嗟にデリンジャーのジョンは振り向いて左手で飛んでくるナイフの握り部分を掴む。
  ……。
  ……お前もデタラメな身体能力かよ。
  私やグリン・フィスと同じ厄介な身体能力の持ち主の模様。要は人類規格外か。
  ジョンはにこりと笑う。
  「今回は私の勝ちのようですね、赤毛のお嬢さん」
  「ほざけ」
  「ふふふ。ではまたお会いしましょう」
  「……」
  そして。
  そして今度こそ奴は撤退した。窓から外に逃げた。
  アカハナはレーザーピストルを連射するものの奴は華麗に回避して逃げて行った。厄介な奴を敵ら回したものだ。
  「ご無事ですか、ボス?」
  「肋骨折れた」
  「すぐに医療者を呼びますっ!」
  「それよりもすべき事があるでしょう、行くわよ」
  「しかし」
  「マリーを護らないと」
  その時、屋敷内に銃撃音が無数に響いた。
  ワーナーの手下だろう。
  来たかっ!
  「行くわよ」
  「了解です、ボス」


  
  展開は私の思惑通りだった。
  ……。
  ……ま、まあ、デリンジャーのジョンの襲撃は予想してなかったけど。
  妙な展開に出てきたわよね、あいつ。
  ただワーナーと組んでない事だけは確かだ。というか組んで欲しくはないわね。ジョンは私が思うに今までの中で一番厄介な敵だ。
  まあいい。
  私とアカハナは銃声音のする場所を直行する。
  正確にはその扉の前だ。
  そーっと扉を開いて部屋の様子を見る。扉の向こうは唯一外への出入り口のあるホールだ。
  そこでアッシャーの二個小隊とワーナーの三個小隊が戦っていた。一応この街での小隊編成人数は10名なのでその呼称です。あしからず。
  ともかく。
  ともかくそこで双方、交戦中。
  ふぅん。
  ワーナーの部隊は真正面から攻めて来たか。
  だとしたらワーナーの考えは読める。今のところは私の推測通りだ。なかなか考えの甘い計画だ。
  いずれにしてもアッシャー側の屋敷の全戦力はここにいる。
  総力戦だ。
  「行くわよ、アカハナ」
  「了解です」

  双方銃弾の交換し合う場面。
  私とアカハナはワーナー側の部隊の背後を衝く形で部屋に乱入、連中に建て直す機会を与える間もなく決定的な攻撃を叩き込んだ。
  バタバタと倒れる敵部隊。
  温情?
  そんなものはない。
  体よく利用され、それと同時に正当な理由で蜂起した奴隷達とこいつらとではまるで意味が異なる。
  情けなどあるものか。
  私とアカハナはそんな連中を叩き潰す。
  それと連動して二個小隊は前面からワーナーの部隊を粉砕。
  挟撃により呆気なく壊滅した。
  「ボス、やりましたね」
  「まだよ」
  「まだ?」
  「ワーナーがいない」
  その死体の中にワーナーはいなかった。
  ジェリコもいない。
  ……。
  ……ふぅん。
  つまりこいつらも陽動。本命と見せかけて陽動。
  陽動でなければ真正面から屋敷に突入なんて馬鹿な事はしないだろう。
  目立ち過ぎるからだ。
  ワーナー自身が前線大将しているかは知らないけどジェリコあたりは関ってくると私は推測していた。奴の死体はない。つまり別働部隊がまだいる。
  屋敷の戦力を引き付けている間に本丸を狙う気か。
  別働部隊はおそらく少数。
  だとしたら屋敷の制圧ではないだろう。少数で立て籠もったところでデュークの大部隊が押し寄せたら意味がないからだ。
  ならばアッシャーの命か、治療薬としてのマリーか。
  もしかしたら両方かもしれない。
  どっちにしても私はここまでは読んでる。後手に回る事はない。
  準備は出来てる。
  「アカハナ」
  「はい、ボス」
  「ここの指揮は任せる」
  「指揮を? 何をすれば?」
  「待機」
  「待機、ですか? ワーナーの探索は? 屋敷内にいるんでしょう?」
  「奴はいないだろうけど別働部隊はいるでしょうね。でも探索は必要ない。私達は勝ち誇ればいい。少なくとも表面的には」
  「はっ?」
  意味が分からない、アカハナはそんな顔をした。
  私は微笑する。
  「問題ないわ。部隊が動かなければ連中は油断する。あとは私が処理するわ」
  「しかし……」
  「問題ない」
  


  私は研究室の扉の前に悠然とした足取りで向った。
  そこには部隊は配置していない。
  だけど。
  だけど問題はない。
  研究室の扉は堅牢でまず銃火器ではぶち破れない。グレネードやランチャーを使えば破れるだろうけど、そんな事は断じてしないと私は踏んでいる。
  何故ならそれは暴挙だからだ。
  おそらくワーナーも『手荒な事はするな』と命じているだろう。力尽くで扉を粉砕したら内部にもダメージがあるのは必至。
  治療法諸共粉砕は出来ないはず。
  実際、扉は閉ざされたままだった。外から開けるのは容易ではない。
  ここまでは予測済み。
  問題は……。

  「……ううう……」
  「……」
  「ちくしょう、裏切りやがってっ!」

  研究室の前は死屍累々。
  私は身を隠す。
  どこから掻き集めたのかデュークが想定した数よりも多い人数をワーナーは保有していたらしい。まあ、ここに全滅してるけど。
  立っているのは1人だけ。
  その金髪の男は、自身の前に蹲っている男に対して冷ややかな冷笑を浮かべていた。デリンジャーのジョンだ。
  そして蹲るのはジェリコ。
  ……。
  ……状況から見てデリンジャーがワーナーの一味を叩きのめしたのだろう。
  デリンジャーの肩の傷は塞がっていた。
  スティムパックを使用したらしい。
  女垂らしの殺し屋は眼前で血塗れの男に対して冷ややかな言葉を吐く。
  そこには一片の情けも存在しない。
  私は物陰で耳を澄ます。

  「私を利用した代償は高くついたようですね」
  「くっ!」
  「依頼とはいえ雅とは無縁のこの土地に留まりたくはない、だからこそ口説き落とさずに赤毛のお嬢さんを始末しようと思っていた。本来行う私の主義
  を省いたのはピットの街並みが私の感性とは掛け離れているからです。だから君達と協定を結んだ」
  「なのにどうして協定を破棄するっ!」
  「君達は赤毛のお嬢さんの動向の情報を提供してくれました。実に感謝しています。……しかし赤子の誘拐の片棒担ぎとは聞いていませんよ」
  「ふん。俺に言われても困るな。俺はただ依頼で動いているだけだ。文句は旦那に言ってくれ」
  「ワーナー、ですか?」
  「さあな」
  「エバーグリーン・ミルズからの依頼で私はここに来ました。この街では新参者ですので情報は何も知らない。しかしおかしなものですね、貴方の背後
  にいるのは本当にワーナーなのですか? 君は依頼主を『旦那』とは呼ぶが『ワーナー』とは一言も言っていない」
  「さあな」
  「まあいいですよ。私としてもここで余計なお喋りをするつもりはない。……あまり彼女に話を聞かれるのも嫌ですしね」

  ……あー、ばれてたわけね。
  私は咳払いをして物陰から出て行く。銃は構えていない。デリンジャーもポケットに手を入れた。
  戦う気はないらしい。
  少なくとも戦意は感じられない。彼は笑った。
  「先ほどは私の勝ちです、そしてこの行動は貴女に対する貸しです。いつか返してください、貸し借りはない方がいいでしょう?」
  「ふん」
  「その傭兵は引き渡しますよ。情報源としては使えるはずです。いいですか、これは貸しですよ?」
  「分かったわよ。次の戦闘の時は手を抜いてあげる」
  「負けた時の言い訳?」
  「ほざけ」
  「ははは」
  楽しそうに笑う。
  デリンジャーのジョン、やっぱり強いぞこいつ。一部の隙もない。
  ジェリコ達が勝てないのも分かる気がする。
  彼は微笑を浮かべたまま私に背を向ける。そして歩き出し、歩きながら右手を振った。
  「私はキャピタル・ウェイストランドに帰るとします」
  「はっ? 私は殺さないの?」
  「殺しますよ。しかしここでは本調子が出ません。口説かない女性を殺すのもあまり本位ではありませんし。決着は向うで付けるとしましょう。それではまた」
  「……」
  私は黙って見逃した。
  背後から撃つ。
  それは出来ればしたくなかったのは確かだ。
  借りがある。
  それにデリンジャーのお陰で研究室の安全は保たれたのだから見逃すのは仕方ない。
  まあいい。
  誰がワーナーの手下どもを蹴散らそうと意味は同じだ。結局のところ蹴散らされたわけだからね。そこに拘るつもりはない。
  「ジェリコ、良い恰好ね」
  「けっ」
  唾を私の頬に吐き捨てるジェリコ。
  私は微笑んでからデリンジャーに半殺しにされた敗北者の顎を蹴り上げた。調子に乗るな、捕虜。
  私は彼を拘束した。
  ワーナーの反乱は一応は鎮圧された事になる。
  とりあえずは勝ちだ。
 

  その後。
  奴隷達はダウンタウンに逃げ帰った事により今回の騒乱は終結した。私はダウンタウンの封鎖を指示、一時的に奴隷達の行動を制限した。
  戒厳令発動。
  そんな中で首謀者として目されているミディアを拘束、アップタウンの一室に軟禁した。
  生き証人のジェリコとミディア。
  2人の口からワーナーの居場所を吐かせるとしましょうか。
  次のアクションはその後だ。